好きと嫌い。
得手と不得手。
得意と苦手。
いわゆる反対語、対義語に当たる言葉の組み合わせなら、そこには共通部分がないぶん分類しやすい、分かりやすいと思います。
そうではなくて、好きと苦手、の話です。
例えば私は、人並みにエッチなことは好きですが、一方で実は行為そのものは苦手です。
異性のカラダに触れるのは好きですが、異性に触れられるのは苦手です。
本来好きな異性との触れ合いは楽しいはずが、私ばかりが触れることで、違和感や不快感を覚える異性もいたかもしれません(汗)。
この境い目は一体何なのでしょう。
微妙かつ絶妙な、何某かの重なりを持っているように思え、妙に落ち着かない気分になります。
好きと苦手の組み合わせは他にもあります。
もちろん中には、好きが先に立つものもあれば苦手が先に立つものもあります。
ついでなのでこの際、思いつくままに列挙してみましょう。
[好きが先に立つもの]
異性は好きですが→好きな異性と話すのは苦手です。
仕事は好きですが→やらされる仕事は苦手です。
遊ぶのは好きですが→遊んでばかりいるのは苦手です。
小さくてかわいい動物は好きですが→イヌは(大きくても小さくても)苦手です。
・・・
[苦手が先に立つもの]
痛いのは苦手ですが→注射は好き(全然平気)です。
高い所は苦手ですが→遊園地とかにある観覧車は好きです。
苦味のあるものは苦手ですが→龍角散や正露丸は好き(全然平気)です。
・・・
こうして新ためて書き出してみるとなんとなくですが、共通の法則というか関係性が浮かび上がってきました。
それは、、、
自身で制御できない物事は、好きなものでも苦手
一方で、バクっとした大きな括りでは苦手でも、特定の限られた範囲でなら好きと思えることもある
ということなんでしょう。
整理をしてみると、意外にも意外性に欠けるごくふつうの結論になりました。
あー、そうなんだ。。。
納得のいくところと、どうもうまく躱されたみたいに感じて腑に落ちてないところがありますが、余りに早く結論に行き着いてしまったことに不安を覚えているだけなのかもしれません。
それでは、それぞれの対義語同士の組み合わせだとどういうことになるでしょうか。
つまり、嫌いと得意の境い目、関係性ですね。
少し考えてみたのですが「好きこそものの上手なれ」「下手の横好き」ということわざにも代表されるように、先の、好きだけど苦手、苦手だけど好き、に当たる物事はすぐにみつかりますが、嫌いだけど得意、得意だけど嫌い、というのは、なかなか見つからない。
などと考えているうちにちょっと思いついたので、これもまた列挙してみることにしましょう。
もっとも私には、得意と言える分野はあまりないです。
嫌いなことを敢えてやるという習慣もないので、おおよそ天才肌っぽく「やってみたら出来ちゃった」的なものでもなければ、嫌いだけど得意、なんて物事はあり得ない気がしています。
ま、ともかくも列挙してみることにします。
[得意だけど嫌い]
こじつけと是正はそれなりに得意。
→だけどできればやりたくない。
[嫌いだけど得意]
こじつけと是正なんてイヤだあ〜。
→だけどやってやれないことはない。
なんだこりゃ?!
奇しくも同じ事柄になってしまいました(汗)。
嫌いなことを得意とするのは、やはりごく普通の人間の営みとしてあり得ない(やってはいけない)ことではないかと思います。
もちろん、止むを得ない、やらざるを得ない時が往々にしてあるとは思うんです。
でも、やり続けてはいけない、やり過ぎてはいけない、、、たぶん確実に心を病みます。
話が逸れましたが、好きと苦手はもしかすると、私にとっては表裏一体のものではないかと思います。
好きと嫌い、得意と苦手は例えるなら一つの箱の外側の面と内側の面。
完全に隔絶されていて交わることはありません。
これに対して好きと苦手は、一枚の紙の裏側の面と表側の面。
どちらが裏側になるか表側になるかはそのときになってみないと分からないし、完全に分離されているように見えて実は、折り畳むと容易に表側の面と裏側の面を重ねられるのです。
境い目は紙の芯の部分。。。
おそらくそれは、素(す)の私。