つみほ スレスレなるままに

現実と非現実の境目をふらふらと往き来するかのような日常の記録

隠れた名店の迷走

はじめが迷走を極めている。

かつて「隠れ家的な名店」と紹介した店が日に日に変わっていく。どう見ても、悪い方へ変化しているようにしか思えない。なぜこんなことになったのだろう。

僕なりに考察してみたいと思う。


▶︎「はじめ」のはじまり

堺市堺区の店舗付き住宅。1F部分の店舗は、元はラーメン屋だったと聞く。マスターがこの場所にはじめを開こうと決めたとき、10年以上も放置されていた店舗は、さながら化け物屋敷だったらしい。そこを改装した。

基本的な設備は業者に頼んだが、内装や食器棚などの什器配置はマスター夫婦の協力の賜物だという。内装のプロが手掛けたものにはない手作り感が温かみを醸す。店を訪れたお客さんに寛いで貰える空間を創りたかったという。「くつろぎ茶房、はじめ」という店の名前にもその想いが表れている。

 

▶︎マスター夫婦の想いが詰まった空間

マスター夫婦にとって「はじめ」は長年の夢だったそうだ。堺市内の幾つかの店舗候補を見て回った。立地などの条件を検討して2つまで絞ったらしい。もう一方の店舗のほうが条件的には上だったとも言っていたが、最終的に今の地に決めた。決め手は何だったのだろう。幾度かマスターに尋ねたことがあるが明解な答えは得られなかった。


▶︎はじめの変遷

開店(開業)は2019年10月だという。昔の仕事仲間や知り合いが最初の客になった。そのうち近所の人たちもランチを食べに来店するようになり、そこから居酒屋時間に訪れる客が少しずつ増えていったようだ。

だがしかし、事態は一変する。コロナ禍の始まりによって様相が一転したという。最初のうち、それは静かな変化に過ぎなかった。けれども少しずつ少しずつ蝕まれていく。

少しずつでも着実に増えていた客が頭打ちになり、やがて減少に転じた。客足が日に日に遠のいていく実感があったそうだ。一週間のうち丸一日とか二日とか、客足がパッタリ途絶えることもあったという。

客足が遠のいた理由がコロナ禍だけによるとは思わない。何かしら他にも理由があったのではないかと思う。けれども、その傾向を早めた原因の一つにはコロナ禍の存在は大きいと思っている。


▶︎はじめとの出会い

さて、以前に「はじめ」の紹介記事にも書いたように、僕が「はじめ」を認知したのは2020年に入ってからだ。最初は非常に入りづらい店だった。何しろ開店しているのかいないのかが、外からでは全く分からなかったからだ。今思えばその時点で既に、客足の遠退きや途絶えが始まっていたのかもしれない。


▶︎はじめのコンセプト

マスターは常々、儲けることは考えていない、と話していた。気の合う少数のお客さんが来てくれて、楽しく飲み食いしてくれるような、温かい店になることが理想だと。

その言葉は、我々シニア世代には願ってもないことだ。ガチャガチャ煩い店には馴染めない。ほっこり、ゆっくりできる、程よい音に包まれた空間で、穏やか話に花を咲かせながら美味い肴、旨い酒に舌鼓。なんて贅沢な時間だろう。


▶︎温度差

しかし、実はマスターの言葉が意味する理想と、我々客が抱いていた理想には大きな隔たりがあった。正直なところ、「はじめ」の置かれている現実がマスターの話す理想的な状況であろうはずはなかったのだが、マスターの物言いにはそう捉えるに十分な響きがあった。ある種達観しているような風情もあったのだ。けれどもあるとき、その隔たりをまざまざと感じさせられる出来事があった。

割とお客さんがたくさん来て賑わっている感じの日があった。僕としては、なかなか馴染みにくいくらいの混み具合だった。それでも「はじめ」にはこれくらい混んでる日があっても良いはずだと思ったのでマスターに

「今日は結構賑わってるね。毎日がこれくらい混むようになったら良いね?」

と声を掛けた。するとマスターは苦笑いしながら「全然(こんなの混んでるうちに入らないよ)」と言った。

店の中は満杯で、座席は全て埋まり立ったまま飲み食いしているような状態だった。人が多すぎて、マスターやママさんは対応に追われていて会話を楽しむどころの話ではない。

もしこれがマスターやママさんの望む「はじめ」のあるべき姿なのだとしたら、僕や僕が連れて行った仲間の理想とはかなりかけ離れていると感じた。かつてのあのマスターの言葉は一体なんだったんだろう。


▶︎はじめの敗因

まだ完全に負けてしまった訳ではないと信じたい。だが現時点で敗けているのは確かだ。その原因はなんだろうか。思いつくところを挙げてみたい。はじめが好きな僕の、客目線での敗因だ。当たらずとも遠からず。全てがそうではないかもしれないが、少なくとも二つ三つは当たっていると思う。

 

①コンセプトのブレ

はじめは4月に一時閉店をした。コロナ禍の緊急事態宣言を受けての判断だったようだが、それまで強気でコロナ禍など対岸の火事といった風情だったマスターに一時閉店を決意させたのは何だったのだろう。

緊急事態宣言が解除になってはじめも営業を再開した。待ちに待った再開だったが、中身は大きく変わっていた。いや変わったのは、この時点では表面的な部分だったかもしれない。まずメニュー体系が変わった。メニューはあってないもの、というコンセプトだったはずが、所狭しとメニューが貼ってある。反面メニューの多くには「何某か」という文字が枕詞のように踊っている。例えば「何某かの煮魚」という感じで。それでもマシと言えるかもしれない。今では「何某かの魚料理」になっている。おそらくこれはコロナで客足が鈍っていることと大きく関係している。仕入れてもその日のうちに掃けないということなんだろう。仕入れに行き、焼き魚か煮魚か、あるいは刺身か、その時々調達した魚に合った調理法で提供するといった具合なんじゃないだろうか。そのことが翻れば品薄に繋がる。どれくらいの客入りがあるのか想像できないが、さあ食べようと思って注文しても「売り切れ」という言葉が返って来る。あれもダメ、これもダメ。じゃあ一体何ができるの?という感じだ。

 

②営業時間の変化

これにはホトホト困らされた。元々知らされていた営業時間は、

・定休日:日曜日

・時間帯:昼時が11時〜14時、晩が18時〜25時

だった。ところがここに不定休が加わるようになる。

最初は木曜日だった。後日聞くとママさんが急用で不在となり店が開けられなくなったという。これは不親切だが仕方がない。

次に困ったのは水曜日だった。これも後日聞くと、実は水曜日は買い出しの日なのだという。この買い出しの日というのはコロナ禍で止むなくといったところもあるだろう。一週間分の食材を買い込んでおくことが難しいとも言える。ただ通常、例えばお寿司屋さんなどは毎朝、競りに出かけて魚を調達するイメージがあるように、買い出しというのは保存食以外は毎日するものではないのか。けれどもはじめは、昼時と晩に営業をしている。晩の仕込みは昼営業の後にするにしても、昼営業の仕込みはいつするのかを考えたとき、この営業時間にはかなりの無理があることが分かる。マスターとママさんが昼夜を別々に担当するにしても、買い出しの時間が取れないのは明白だ。近所に大型のスーパーでもあれば別だが。

そして一番困ったのが、不定休より何より、当日の営業時間のイキナリな変更だ。これについては遂に文句を言った。朝「おはようございます」と挨拶を交わし、当日営業することを確認した。にも関わらず、その日の晩に知人を連れて行ってみれば閉店しているではないか!!

これに対するマスターの回答は「晩の9時にお客さんがいれば開けているが、その時点でお客さんがいないと店を閉める」とのことだった。

更に「事前に問い合わせをしてくれれば開けて待ってます」という。

これには正直呆れた。マスターに「この店は予約専門の居酒屋になるつもりですか?」と聞いた。コロナ禍などの事情は分かるが、これは余りに客を馬鹿にしていると思った。

営業時間はその後も混迷を続け、現在は月曜日が定休日、営業時間は晩のみで19時〜LASTとなっている。LASTというのは、そのときお客さんがいれば帰るまで開けておくという意味らしいが、L.O.時刻は夜中の1時半となっているから実質的には夜中の2時が閉店なんだろう。それでもお客さんの中には午前4時まで粘っていた人もいるというから凄まじい。2時閉店なら2時で閉めれば良いのにと思うが、まあその辺りは店の在り方なので口出しは控えよう。

 

③客に対する甘え

現在のはじめの客層はほぼ100%常連客だ。常連客が引っ張ってくる新規の客も何人かはいるが、なかなかリピ客まで至らない。

常連客が常連であり続ける条件というものがあるらしい。その条件の筆頭は居心地の良さだという。そしてその居心地の良さの大部分を占めるのが「歓迎されている実感」だとも。これには大いに賛同だ。

こんなことがあった。コロナ禍の影響でテレワークを強いられていた時期のことだ。その頃はまだ水曜日が定休日と聞かされていた。月水金曜日がテレワークで火木曜日が出勤というルーティンだった。その頃体調を悪くして手術を受けることになった。暫くはじめに行けない日が続いたが、いよいよ行ける日が来た。そのことをはじめに連絡したのは2日前のことだ。はじめからは「お待ちしてます」の返信が来た。そして当日、万を辞してはじめに行ってみると、しっかりと閉店していた。晩の9時にお客さんがいないと、の条件はクリアしていた。店に行ったのは19時半頃だった。久々だったからお腹を空かせて行ったのだが、シャッターさえ閉まっていた。本日休業が目に見えて分かった。とても悲しくなった。これは、歓迎されてないなと思った。

言葉では何とでも言い繕えるものだ。でも態度や行動が伴わなければ意味がない。以前にはじめを紹介して一緒に行った飲み友にLINEであらましを伝えると、その飲み友も似たような経験をしていた。自宅からはじめまで一時間掛かる場所に住んでいる。初回こそ僕の紹介だが、ママさんの作る煮物料理とマスター厳選のお酒が気に入って常連となった。一時は2日と開けず通い詰めていたようだ。4月に一時閉店が決まった時も当たり前のように店に集い、再開と再会を約束していた。店の再開が決まった数日後にさっそく祝いを兼ねて出掛けたらしいが、店は閉まっていたそうだ。また「行けるかどうか分からないけど」と前置きした上で出向くことをLINEで伝えるとマスターから「お待ちしています」との返信。用事が早く終わったので店に行ったらしいが、シャッターが半分閉まり店内に灯りが見えなくて断念したそうだ。

後日それをマスターに告げると、来店が早すぎたのだろうとか、お客さんが来ないときは灯りを消しているとか、いろいろ言い訳を聞かされた。でもそれってただの我儘じゃないのか?

客が気ままに、また気持ちよく集える場所だったはずが、いつの間にか店主が気ままに開ける店になってしまった。常連客なら許して貰えるという甘えではないのだろうか。

 

▶︎それでも「はじめ」に行く理由

迷走を続けるはじめ。名店が迷店になっている。もちろん「隠れた名店」と評したのは僕だけで、どこかの名店本に載った訳ではない。それでも僕がリアルで紹介したり一緒に出掛けた人たちは、ほぼ全員がママさんの手料理のファンになった。それくらいママさんの煮物料理は美味い。自身曰く家庭料理。だがそれが逆に着飾らなくて良いんじゃないかと思う。

はじめは、元のコンセプトが「くつろぎ茶房」で、昼夜共にホッコリできる居場所だった。それが今や、昼の営業はなくなり晩の営業のみとなって居酒屋といった風情だ。かつてカウンターの中にあったマスターとママさんの姿は、今はママさんと娘さんに変わっているし、店内の様相も今ではスロット4台が煌びやかな光を放つ異様な空間になっている。蛍光灯の間接照明で独特の柔らかく温かみのある光に包まれた落ち着いた雰囲気はどこにもない。逆に言えば、どこにでもある空間になってしまった。

それでもはじめに行く。なぜだろう。そこにしかない料理がある訳でもない。近くに似たような店がないという訳でもない。客層もずいぶん変わって、今は若い娘さんたちと話をしたくて寄ってくる中年〜壮年の男性客が多い。スロット目当ての客も多い。正直言って、その雰囲気には馴染めない。

それでもはじめに行く。行けばもしかしたら、以前からの常連客に逢えるかも知れないから。

以前のはじめでは、常連客同士が気軽に話せる雰囲気があった。「最近どう」「お先に」「またね」そんな会話が普通に飛び交っていた。

「この料理美味いよ、ちょっと食べて見?」そんな言葉さえ交わしていた。

今のはじめの新客にそんな雰囲気はない。それぞれが銘々に自身の連れ客と、あるいは店の女の子(娘さん)と会話している。それは当たり前の光景。どこにでもある風景。かつてのはじめは、今となっては望むべくもない風景がごく自然に存在していた。

今でも、かつての常連客だけがはじめに集うと以前のままの雰囲気が楽しめる。実に楽しいひと時だ。その中にいるとついつい長居をしてしまう。僕だけがそう感じているのかと思っていたら、他の(以前からの)常連さんも似たようなことを言っていた。

だからはじめに行く。もしかしたら来てるかな?を期待して行く。誰か一人でも来ていたら「めっけもん」だ。来てなくても自分一人ならまあOKだ。後から誰か来るか期待して待つ。来なければ来ないで独りを楽しめる。来たら来たで他愛のない話を交わす。多くは望むまい。それだけで十分だと思ってる僕がいる。

 

▶︎終わりに

これからはじめがどこに向かって行くのかは分からない。もしかすると、以前からの常連客の居場所はなくなるのかもしれない。いや、常連客と言えども居場所を確保するには、今の、これからのはじめに付いていかなければならないのかもしれない。

ただ僕には無理だというだけのこと。新しいコンセプト、新しい客層のはじめはたぶん、僕には合わない。他の常連さんたちは、マスターやママさんの昔馴染みらしい。だからどんなにはじめが変わっても、マスターとママさんがいる限りはじめに集うんだろうなと思う。言わば僕は部外者なのだ。部外者が常連面をしているだけじゃないかと思う場面が増えて来た。

それでも、もし機会があったら「はじめ」に出掛けて欲しい。ママさんの作る煮物料理は絶品だ。時折顔を出すマスターやママさんの人柄も申し分ないし娘さんたちもいい子たちだ。

僕が感じている疎外感は、ただの杞憂かもしれないし、ただの思い過ごしかも知れない。店と客の関係はそもそも「そんなもの」なのかもしれない。そこに夢をみてしまう僕のほうが、案外おかしいのかもしれないのだから。